1日1文、現実逃避
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日記・文章の練習帳。
挑戦中のお題→恋する動詞111題 。
REDSTONE無名・二次・腐カテゴリーからそれぞれどうぞ。
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地平線まで続くなだらかな森の緑を、夕日がオレンジ色に染め上げていく。時の森は真っ赤に燃えていた。色を変えた沼の傍を家路につくエルフの群れが通り過ぎて行く。背の高い草たちがそよそよと黄金色に煌めきながら凪いでいるのを掻き分けていくその姿は、夕日に照らされて黒く深く影を濃くしていた。
彼らがこちらに気づいている様子のないのを見て、彼女はほっと息をついた。なんせ、昼間はここにたどり着くまでに彼らにさんざん追い回されたので。というのも、冒険者のくせに狩りが好きでないこの人のせいである。
切り立った崖の上で腕を組み、空も森も赤く焼き尽くしていく夕日を彼は目を細めてじっとみつめていた。いつもは子供のようにくるくると表情を変える人だから気づかなかった。目元の深い皺や荒い肌が、彼と自分との年月の差を思い出させた。年相応に落ち着いて見える、精悍な大人の顔をした彼の顔を横目に見て、目元を夕日に紛れ込ませるように同じ色へ染めながら、着いてきてよかったあ、と彼女は心の中で呟いた。
ざわあ、と冷たい風が後ろから吹き付けてきたのを感じて、後方を見やると、僅かに紺色に滲んだ西の空に一番星が浮かんでいた。もうすぐ夜が来てしまう、薪を拾いに行かないと。少し名残惜しく思いつつ、彼女はそっと立ち上がった。
「マスター、野営の準備してきますね。」
静を纏う彼の雰囲気を壊してしまわないように、置手紙を置くように小さな声で告げる。
「必要ない。」
槍を持ち上げて、森に下ろうとした彼女を止めるように、ようやく彼が口を開いた。
「この夕日が見たかっただけなんだ、沈んだら帰ろうと思ってたんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ、…言ってなかったか?」
「ひとっことも聞いてませんよ!どこに行くかも教えてもらえないで、エルフに追い回されてただけなんですから!」
「それはすまんかったな。」
あちゃー、と彼が申し訳なさそうな顔をして、顔の前で手を立てるごめんのポーズをとった。子どものような仕草でいて大人のような対応をする彼に、彼女はいつも甘えたくなってしまう。唇を窄めて、すねた振りをしてみる。
「夕日なんてどこで見たって変わらないですよ。」
「…そうかもしれんな。」
まあまあ、と彼女の我儘に、いつものように朗らかに嗜めてくると思っていたのに。平素と違う彼の反応に、彼女は彼の顔を見返した。彼は相変わらず夕日をじっとみつめていた。夕日は傾くまでが長いくせに、沈むのは早い。半分ほど体を森に沈めた夕日の上に西から夜が迫ってくる。
「どこにいても、どこから見ても夕日ってやつはいつも綺麗だったなあ。昔は冒険の先で見る夕日は特別綺麗に感じたんだが、確かにこう見てみると街で見るのとそう大差はないな。」
「夕日が好きなんですね?」
「ああ、大好きだ。だってREDSTONEってやつと夕日はおんなじ色してるだろう。」
「見た事ないくせに!どうしてREDSTONEと同じ色だなんてわかるんですか?」
「わかるさ、どっちも俺が大好きなもので、ずっと追いかけてきたもんだからな。」
「なんですかそれ。ヘタな詩人みたいですよ。」と、ふざけるつもりだったのに、
「街でも同じ夕日が見れるなら、俺はきっと寂しくないだろうな。」
急に夜の風が吹き付けてきて、身が凍るよな寒気がした。
「な、何を。どういう意味ですか、マスター?」
「最後に、冒険者の最後の旅に、お前と一緒に見れて良かったよ。」
彼の背後で、最後の夕日のきらめきが消えていった。僅かに残る赤の残照の中で、彼はいつもの子供ような笑みをみせる。「今から一緒に時の森へ来てくれないか。」とワガママを行ってきたのと同じ顔だった。
彼が胸に着けていた紋章を外した。それを彼がまるで自分に手渡そうとするかのように、差し出してくるので、その意味を知っている彼女はフルフルと首を振って後ずさった。
「待ってください、マスター。」
「お前がいいんだ。どうか、最後のお願いを聞いてくれないか。」
「やめてください、最後なんて!」
「頼む。」
「嫌です、無理ですよ…。」
「無理です」と、再度呟いて、ずるずると彼女は頭を抱えて地面にしゃがみこんだ。
「無理ですよ、マスターが居ないギルドなんて。それに、なんで私なんですか。私より強い人なんて他にもいるじゃないですか。」
地面にぽたぽたと滴が吸い込まれていった。黒くなったそこは、すぐに夜に飲み込まれて見えなくなった。夜になってしまう。夕日と一緒に彼が居なくなってしまう。
「お前じゃないと、ダメなんだ。お前は俺の考えを一番理解してくれただろう。誰かのための武器であり続けることを。」
顔を上げると、紋章が目の前に差し出された。
「どうか受け継いでくれないか、俺の意志を。」
金縁の派手な装飾が施されたそれはギルドで唯一のもの、彼が何十年も掛けて作り上げてきたもの。自分が受け取らなかったら、ギルドは変わってしまうのだろうか。彼の意志は消えてしまうのだろうか。
彼女は紋章を受け取った。ぎゅっと紋章を胸に押し当てて、声を上げて涙を流した。そんな彼女を彼は抱きしめて、「ありがとう」と囁いた。
時の森に夜が来た。
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